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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

中吉川村 (新潟県)

中吉川村(なかよしかわむら)は、かつて新潟県中頸城郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い中頸城郡山口村、顕法寺村、町田村(一部)、中谷内村、下深沢村、原ノ町村、長峰新田村、竹直村、大乗寺村、下町村、東鳥越村、片田村、川崎村、土尻村、天林寺村、泉谷村、吉井村、下小沢村

คำที่เกี่ยวข้อง

吉川町 (新潟県)

1958年(昭和33年)1月1日 - 中頸城郡柿崎町と境界の一部を変更。 2005年(平成17年)1月1日 - 上越市に編入され、町域は地域自治区「吉川区」となる。 町長:角張保(1995年1月15日から) 荒川区(東京都) 旧旭小学校 旧源小学校 吉川小学校  吉川中学校 新潟県立吉川高等学校 よしかわ杜氏の郷

中里村 (新潟県)

十日町市、中魚沼郡川西町、東頸城郡松代町・松之山町と合併し、新設の十日町市となり消滅。 村長:山本茂穂(1989年12月25日から) 農業 平成12年生産農業所得統計によれば、農業粗生産額の品目別割合において米が72.5%となっている。 商業 なかさとむらショッピングセンター(愛称:Uモール)

国中村 (新潟県)

島嶼:佐渡島 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い雑太郡舟下村、皆川村、目黒町村が合併し、国中村が発足。 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により佐渡郡に所属。 1901年(明治34年)11月1日 - 村域を二分割し、次のように近隣自治体と合併して消滅。 大字皆川・舟下 →

川井村 (新潟県)

川井村(かわいむら)は、かつて新潟県北魚沼郡に存在した村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、北魚沼郡川井村、川井新田が合併し、川井村が成立。 1954年(昭和29年)5月1日 - 小千谷市に編入され消滅。 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。 新潟県の廃止市町村一覧 表示

余川村 (新潟県)

余川村(よかわむら)は、かつて新潟県南魚沼郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い南魚沼郡余川村が村制施行し、余川村が発足。 1906年(明治39年)4月1日 - 南魚沼郡六日町、小栗山村、君帰村、欠ノ上村、川窪村、美佐島村、八幡村、大富村(一部)、三和村(一部)と合併し、六日町を新設して消滅。

川辺村 (新潟県)

川辺村(かわべむら)は、かつて新潟県東頸城郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い中頸城郡荒井村・松ノ木村・上昆子村・下昆子村・下湯谷村・倉下村・上牧村・原村・府殿村・宇津俣村、東頸城郡棚広村・棚広新田・桜滝村・田島村が合併し、東頸城郡川辺村が発足。 1901年(明治34年)11月1日

川上村 (新潟県)

川上村(かわかみむら)は、かつて新潟県東頸城郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い東頸城郡高谷村、切光村、今清水村、泉村が合併し、川上村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 - 東頸城郡里見村、川辺村と合併し、牧村となり消滅。 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

新川 (新潟県)

花崗岩を用いたアーチ型の水路トンネル(新川暗閘)に改められた。 第二次世界大戦後、水田整備が進み農業排水が増える一方で、新川暗閘内に堆積した土砂が流水を妨げる状況となってきたことから、1954年(昭和29年)に農林省の直轄事業として、下を通る新川の新川暗閘の撤去と、上を通る西川の水路橋の新設が行われ

大潟村 (新潟県)

大潟村(おおがたむら)は、かつて新潟県南蒲原郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い南蒲原郡大面村、北潟村、高安寺村、小滝村、矢田村、吉野屋村、鴨ケ池村が合併し、大潟村が発足。 1899年(明治32年)9月15日 - 南蒲原郡四王村と合併し、大潟村を新設。 1901年(明治34年)11月1日

新保村 (新潟県)

新保村は、合併した村名を継承する以下の大字で構成される。 新保(しんぼ) 1889年(明治22年)まであった新保村の区域。現在の新潟市秋葉区新保。 竜玄(りゅうげん) 1889年(明治22年)まであった竜玄新田の区域。現在の新潟市秋葉区竜玄。 [脚注の使い方] 注釈 出典 ^ 角川地名15、p.736

村田村 (新潟県)

村田村(むらたむら)は、かつて新潟県三島郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い三島郡村田村、坂谷村、村岡村、落水村、高森村、高月村、辺張村、辺張北組、吉田村、籠田村が合併し、村田村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 - 三島郡小島谷村と合併し、島田村となり消滅。 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

小吉村 (新潟県中蒲原郡)

中蒲原郡庄瀬村、菱潟村と合併し庄瀬村を新設 小吉村は、合併した村名を継承する以下の大字で構成される。 蔵主(ぞうす) 1889年(明治22年)まであった蔵主村の区域。現在の新潟市南区蔵主。 万年(まんねん) 1889年(明治22年)まであった万年村の区域。現在の新潟市南区万年。 櫛笥(くしげ)

関村 (新潟県)

関村(せきむら)は、かつて新潟県岩船郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い岩船郡上関村、下関村、辰田新村、打上村、勝蔵村、南赤谷村、内須川村、幾地村、山本村、鍬江沢村、土沢村、大島村が合併し、関村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 - 岩船郡七箇谷村、九箇谷村と合併し、関谷村となり消滅。

岬村 (新潟県)

島嶼:佐渡島 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い羽茂郡小木村、琴浦村、金田新田、田ノ浦村、江積村、沢崎村、深浦村、犬神平村、強清水村、宿根木村が合併し、岬村が発足。 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により佐渡郡に所属。 1901年(明治34年)11月1日 - 佐渡郡小木町と合併し、小木町を新設して消滅。

林村 (新潟県)

上木山(かみきやま) 1889年(明治22年)まであった上木山村の区域。現在の新潟市南区上木山。 下木山(しもきやま) 1889年(明治22年)まであった下木山村の区域。現在の新潟市南区下木山。 鍋潟(なべがた) 1889年(明治22年)まであった鍋潟分の区域。現在の新潟市南区鍋潟。

浦村 (新潟県)

浦村(うらむら)は、かつて新潟県三島郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い三島郡浦村・道半村・宮川外新田、古志郡青島村(一部)が合併し、浦村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 - 三島郡来迎寺村、中野島村と合併し、来迎寺村を新設して消滅。 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。

黒川 (新潟県)

蔦都流末川(つたいちりゅうまつ、延長2.3 km) 中田川(なかた、延長2.4 km) 茶川(ちゃ、延長2.0 km) 道満川(どうまん、延長12.598 km) 新道満川(しんどうまん、延長2.26 km) 堺川(さかい、延長5.1 km) 菖蒲川(しょうぶ、延長9.248 km) 樽川(たる、延長2

川谷村 (新潟県中頸城郡)

1878年(明治11年)4月に告布された祠堂合祀令を受け、神明社(祭神は天照皇太神)、上川谷字中屋敷に鎮まる上川谷八幡社(祭神は誉田別尊で、若井氏および田辺氏の氏神)、上川谷字諏訪林に鎮まる諏訪社(祭神は建御名方命で、宮川氏の氏神)、上川谷字深沢に鎮まる春日社(祭神は天児屋根命で、塩崎氏の氏神)の四社を合併の上、春日社の社地へ

中川村 (新潟県北蒲原郡)

中川村(なかがわむら)は、かつて新潟県北蒲原郡にあった村。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い北蒲原郡草荷村、高山寺新村新田、釜杭新村新田、二本木新村新田、古川村、川尻村、押廻村、向中条村、住吉新村新田、高田新村新田が合併し、中川村が発足。 1901年(明治34年)11月1日 -